発表論文

月刊日本 2014年8月号

今村ひろふみ事務所 大田富彦 月刊日本 2014年8月号

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伝統と革新 19号(2015年5月刊)

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月刊日本11月号

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「青年運動」 第976号 平成26年8月15日

神意の日

呉竹会特別顧問 今村ひろふみ

八月十五日は旧盆にあたる。このため日本人の夏休みは、帰省もあって、この時期に取られることも多い。私は子供の頃、玉音放送をもって終戦した日が旧盆であり、帰省した実家で一族がTV中継される全国戦没者追悼式典とそれに出席される両陛下のお姿を拝することも、祖先を祀るというお盆と、ごく自然に重なっていた。

その後、長じても私には先祖を祀る日と終戦の日が重なることが単なる偶然とは思えなかった。 大義を以て戦い、そして敗けた、あの夏の日から、生き残った我々は祖国を守るため、我々を生かすため、未来の日本人のために命を捧げた人々を想い、その遺志に報いるために、灰塵の中から立ち上がったのだ。このままでは、死んでいった者たちに顔向けできない。生き残った自分たちが再び君民一体となって祖国を再建しなければならない、と決意して、歯を食いしばり、敗戦国の屈辱に耐えながら立ち上がってきたのだ。

その忘れがたい日が、祖国を祀る日と重なることが私には決して偶然とは思われない。毎年巡りくる夏の日が、あの日玉音と蝉しぐれと我々を照りつけた太陽を、永遠に想起させることを私は神意とする感ずる。

それぞれの故郷で、祖先の供養とともに、祖国を守るために戦って散華した人々に、日本国民が感謝の思いを馳せることが、祀る日が重なることによって永遠に続く。これを神意と呼ばずしてなんと言おうか。 9終戦の日、八月十五日ほど後世の我々が英霊を祀り、その遺志に報いる誓いを新たにするに相応しい日は無い。そして英霊と国民の感謝の邂逅に最も相応しい神聖な場所に、祖国を、我々を、守るために尊い命を捧げた英霊が祀られた靖国がなるのは、ごく自然なことだと私は思う。

しかし、長じた私は同時に、ある時から天皇陛下が靖国への親拝を長らく御止めになっていることや、神意である八月十五日に参拝どころか、それすらしない首相がいることを知ることになった。 いわゆるA級戦犯の合祀が中韓そして米国の反発を買ってい、その合祀された靖国へ参拝することは、先の大戦で日本が犯した罪への反省がないとされ、それが靖国への参拝が忌避される理由だという。
連合国の称する戦犯、その裁判というものは所詮、戦勝国の敗者に対する報復であり、裁判の形を取りながら、一方的に断罪するために設えたものだ。 その証左に法的な禁忌とされている事後法で裁き、尚且つ、後には当事者のマッカーサーが、日本の戦いは自衛であった、と述べる始末だった。

そのような茶番、しかしながら「勝てば官軍」という真理そのままに行われた名ばかりの裁判を後生大事に受け入れ、論ずるにも値しない分祀論など、自身の同胞を弔うことも憚る国家、政府とは到底まともなものとは私には思えない。 明治以来、日本が近代国家として歩みだし、天王陛下を中心として君民一丸となって富国強兵を成し、列強の支配を免れるために質素に甘んじながら一等国に準ずるまでになりおおせた。しかし、日本民族の基軸にある皇室を、それぞれの時代の為政者は勝手に己の欲望のために、尊んでみせながら、その実、只々利用してきたと思う。
特に昭和の為政者たちは、立憲君主制の下で陛下がご自身を厳しく律せられるのをいいことに、大身心に沿わぬことを平然と推し進めてきた。結果、我々国民の血と汗の結晶である大日本帝国も灰塵と帰し、最後は立憲君主の立場を超えた「私は国民のため、いかなるようになっても構わない」という陛下のご聖断を仰がなければ、戦いも終わりはしなかった。

我々日本国民の生命は、陛下の慈愛と英霊の自己犠牲によって救われたのだ。 天皇陛下が立憲君主という御自身のお立場を厳しく規定されることは戦後も続いている。 靖国への参拝を公人だの私人だのと、あたかも一人の身体に二つの人格が存在するような曖昧な言動に終始する為政者たちの有り様に、自らの規定の中に私人たるお立場の無い陛下は、この為政者たちの有り様を見て、親拝を控えられるようになったのだと思う。今上陛下におかれても靖国への親拝を控えておられることは、それを貫かれておられる所以であろうと思われる。

一方、ようやく勝ちおおせた米国を始めとする連合国にとっては、東洋の一角に現れた彼らにとっては奇矯な、自己犠牲を美徳とする得体のしれぬ民族国家を到底許容できるものではなかった。 占領下では憲法も唐突に欽定憲法が民定憲法に代わるといった手続き上も正統性にも欠け、また「憲法に台風に来てはならない、と書けば台風は来なくなるのか」と揶揄されるような、お粗末な平和主義によって書かれた、およそ人間の知性と心性を無視したものを日本国民は強いられることになった。

この歪んだ憲法を無理強いすることで国家を壊し、君民を分断し、日本を、弱肉強食を是とする社会ダーウィニズムが支配する国のレベルにまで引きずりおろそうとしたのだ。 そうして昨今は、このお粗末な憲法のためか連合軍、特に米国の思惑通りに君民の絆は分断され、我々国民は公私の公を忘れ、私ばかりで成り立つのが自分の人生だと勘違いするようになった。歯を食いしばり君民一体で灰塵のなかから立ち上がり、奇跡の経済復興を成し遂げたが、その経済ばかりか、日本人の心まで失おうとしている。

今、日本のみならず世界を覆っている閉塞感も、この現憲法と通底する利己主義にないとは決して言えはすまい。それぞれの民族が公を忘れ、自らの国家をないがしろにすることは人類が社会的動物であることの否定である。

なかでも私たち日本人は、国民を救うために自らを投げ打つ天皇を戴き、自己犠牲の最も輝かしい発露である特別攻撃隊の英雄劇を持つ稀有な国民なのだ、否、だったというべきか。ご皇室はゴシップ記事の対象となり、特別攻撃隊の劇も小説や映画のなかだけのことになってしまい、そこにある親を、妹を、故郷を、焦土から救わんとするだけの至純の情を我々国民は想像出来なくなってしまっているのではないだろうか。その国民が選ぶ為政者が、また官僚が忠誠を誓うべき国家を見失い、保身に汲々とし、挙句に他国にへつらうことも無べなるかなとも思う。

今、我々の内から喪われつつある祖国と残された空虚な自我に向き合うことが必要なのではないか。我々日本人には自己犠牲を美徳とする精神があり、それを以て守るべき同胞、そして国土もある。我々は決して故国喪失者ではない。守り伝えるべきものは、はっきりとあるのだ。 さきに神意と述べた、終戦の日と旧盆が重なることの意味を我々はもう一度考えるべきではないだろうか。我々は永遠に巡りくる夏の日、英霊と陛下の御心に邂逅することが出来るのだ。

我々は思い出さなくてはならない。
かつて同胞が国民国家と民族の自由と独立を目指して戦ったことを。
他の虐げられた民族を解放するために立ち上がったことを。
そして祖国の為に自らの命を捧げた人々がいたことを。
我々はそのことを決して忘れてはならない。
それが日本に下された神意なのだ。